イタリア・ミステリー

ミラノ・夏のミステリー1

持っていたフォークが震えた

気のせいだったのか

いやはっきりと聞こえのた…

私はペルージャに住んでいる学生兼ライターだった。

ミラノへ向かう特急列車に乗っていた。

よく知りもしないのに、泊めてくれるなんて…

それでも今の私には嬉しかった。

きっと、夢が破れて道を見失っていた私には

ちょうどありがたい招待だったのだ。

知り合いに長年ミラノでマッサージ師をしている日本人女性がいた。

彼女はミラノの一等地に家を構え、再婚のご主人と

前夫との息子と暮らしている。

彼女はイタリアの政治家や著名人さえ顧客として

抱えている有名なマッサージ師らしい。

そんな女性が家に遊びにくるように誘ってくれたのだ。

ついでに泊まっていっていいよとも言われた。

確かに家まで帰るには数時間かかるから、ミラノまで来たら

泊まらないと困ってしまう。ミラノ中央駅に到着し、地下鉄の

メトロに乗り込んだ。ミラノの大聖堂が壮麗な姿を見せる中心街のそば、

ブレラ地区と呼ばれる優雅なゾーンに彼女の家はあった。石畳が

とても綺麗で閑静な小道に入る。入口の佇まいの様子がなんだか素敵だ。

守衛もいるし、コンドミニアム形式4階建ての建物の最上階は全て

彼女の家の空間だった。屋敷を見上げた私は奥の中庭に入り、

エレベーターのボタンを押した。

重々しいドアを開けて迎え入れてくれた彼女はM子さん。

「まあ、久しぶり!お元気だった?」

彼女の柔和な笑顔にホッとして、入り口の前に飾ってある

木製の額縁が見事な堂々とした鏡に自分の姿が映った。鏡の

そばに荷物を下ろそうとしながら、金箔があってある繊細で

木工彫刻のような額縁に触れないように気をつけた。

家の中はいかにも一昔前のインテリアだったが、素晴らしく

豪華な作りをしていた。

数十年前に家をきれいにした時はかなりお金をかけたんだろうな・・・

知識のない私にもそれはわかった。

壁紙の柄がジェネレーションの違いを感じさせた。そういえば、

近所の奥さんの家にも似たような模様の壁紙があったな、なんて

思いながら、廊下を進んだ。

「ここで寝てね。ちょうどいい部屋がなくてごめんなさい」

「いえいえ、とんでもない!お邪魔させていただいて、

ありがとうございます。」

そんな会話を交わしながら、私はリュックからすぐに使いそうな

ポーチやら着替えを出してみた。

すでに夕食の時間が迫っており、彼女はキッチンにいそいそといなくなった。

へえ・・

改めて見回してみると、天井に漆喰飾りがあり、ミニシャンデリアが

部屋の中央に目立っていた。

そばの木製の本棚は、この壁にピッタリ収まるようオーダーメイドの

造り付けであるのがすぐにわかった。

あれ、っと思ったのはベットだった。

ベットそのものはごく普通のベットだったが、上に

置かれている寝具が気になった。

古い毛布がむき出しで置いてあった。今夜はこれを使うように

とのことらしいが、なんだか、あまりの古さ加減とカバーなしの状態に、

やや躊躇してしまった。これまた周辺のインタリアとは随分そぐわない

毛布だなと思いながら、キッチンの方へ向かった。

「手伝いましょうか?」

「そうね、このお皿をダイニングに持っていってくださる?」

南イタリア風の絵付けの柄が明るい気持ちにしてくれる、セラミックの大皿だった。

見るとダイニングのテーブルにはすでに前菜が並べられていた。

ご主人はイタリア人で毎日決まった時間に食事をするのだそうだ。

彼女には息子が1人いた。私と同じくらいの年齢のらしい。

ドアがバタンと大きな音をたて、家に入ってきたのが彼のようだった。

「いやあ。君かい?ママの友達は。僕は真也。

イタリアで生まれてるし、イタリアの友達にはSHINと呼ばれてるよ。」

若さといい加減さがうまくミックスしたロングヘアの青年だった。

少しおしゃべりをしているうちに、夕食時となった。

いかにもシチリアの映画に出てきそうなご主人が現れた。

大柄ではないが、白髪の青い目のダンディで、幾分眼光の

鋭いイメージにドキドキしたが、それでもにこやかに笑顔を

向けて、私にさっきの大皿を手渡してくれた。

「食べなさい、私の叔母が準備するこの肉料理ほど

美味しいものはその辺にないよ。」

見事にスライスしてある上ヒレ肉のオーブン焼きを

私の目の前に差し出した。

私はやや遠慮気味に数切れ自分の皿にとり、食事が始まった。

そこに並んでいるのはサラダや、トマトとミニモッツァレラチーズの

カプレーゼ、そのほか、なぜかお漬物が置いてあった。日本人の

M子は久々に日本のものも食べたいだろうとの計らいから、

イタリア料理がメインの食事だけれども、私のために

わざわざ出してくれたのだろう。

やや緊張も解けて自分の皿に向かい出したその時だった。

それは突然の雷のように響いた。

出ていけ!

凄まじい一撃を腹に喰らったような感触だった。

(何、今の?)

はっきり聞こえた言葉だったのに、その言葉を発したものは

この食卓を囲むものの間には誰もいなかったのだ。

また聞こえた。

出ていけー!

持っていたフォークが震えた。

いや、気のせいではない。はっきり聞こえる。でも聞こえてない、

だって誰も言ってないし。どうなっているの?

どうやらこの声が聞こえたのは自分だけなようだ。誰もなんの

反応も示さない。皆それぞれ自分の皿に向かっている真っ最中だった。

それに誰もこの声を発していないのはすぐにわかった。

一体何事なの…

よくよくテーブルにつくほか3名の様子を改めて見回してみた。

M子さん、お漬物を皿にとろうと彼女の注目はそちらに注がれている。

SHINは、今一緒に食事をしている母親の伴侶が自分の父親では

ないからか、会話もそこそこに、食べたらさっさとこの場から

立ち去ろうと言わんばかりに自らの皿の上でフォークを動かしている。

なんとなく、3人の思いがそれぞれ別の方向を向いている変わった

家族構成でいつも日常生活を共にしているのだなと、先ほどの

不思議な声にまだドキドキしながら、彼らの気持ちに思いを馳せた。

ご主人は眼光の鋭さが印象的とはいえ、今この瞬間はにこやかで、

豚肉料理にまた手が伸びている。

私は狐に包まれたかのような気分だったが、なんだか今の現象を

そのままにしてはいけないような気がした。なんだったんだろう、

なんの意味があるのかしら…

 若干の不安を抱えつつ、平穏を保つ努力をしながら、

なんとか食事を終えた。

続く…

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